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久米宏さん死去、81歳 肺がんのため元日に永眠。妻・麗子さんが明かす「らしさ」を通した最期の瞬間

久米宏さん死去、81歳 肺がんのため元日に永眠。妻・麗子さんが明かす「らしさ」を通した最期の瞬間
目次

衝撃の訃報:久米宏さん、81歳で永眠

元日に肺がんのため逝去、事務所が発表

フリーアナウンサーとして日本のメディア界を牽引した久米宏(くめ・ひろし)さんが、令和8年1月1日、肺がんのため満81歳で永眠されました。

この訃報は、1月13日に所属事務所「オフィス・トゥー・ワン」の公式サイトを通じて正式に発表されました。事務所の発表によると、久米さんは生前に格別なご厚情とご支援を賜ったことに深く感謝されていたとのことです。

【久米宏さん 略歴と基本情報】

  • 氏名: 久米 宏(くめ・ひろし)
  • 生年月日: 1944年(昭19)7月14日生まれ
  • 出身地: 埼玉県浦和市
  • 最終学歴: 1967年 早稲田大学政経学部卒業
  • 初期キャリア: TBS入社(67年)後、「ぴったしカン・カン」「ザ・ベストテン」などで活躍。79年に退社しフリーとなる。
  • 死去日時・享年: 令和8年1月1日、満81歳
  • 死因: 肺がん
  • 家族: 妻・麗子さん(スタイリスト)。子供はいない。

ご遺族の意向により近親者で静かに執り行われた葬儀

通夜ならびに葬儀については、ご遺族である妻・麗子さんのご意向により、近親者のみで静かに執り行われました。

事務所は「故人が生前に賜りましたご厚誼に対し、あらためて心より御礼申し上げますとともに、ここに謹んで哀悼の意を表します」と追悼の意を伝えています。

妻・麗子さんが語る最期の「久米宏らしさ」

「サイダーを一気に」旅立ち、最終回を思わせる瞬間

久米さんの人生のパートナーである妻・麗子さんは、所属事務所を通じて追悼コメントを発表しました。その中で、久米さんが最期の瞬間まで“らしさ”を貫いた様子が語られています。

麗子さんの追悼コメント(一部抜粋)

「久米は、最後まで“らしさ”を通したと思います」

「大好きなサイダーを一気に飲んだあと、旅立ちました。まるでニュースステーションの最終回でビールを飲みほしたあの時のように」

麗子さんは、このエピソードを通じて、久米さんが常に自分のスタイルを崩さなかったことを示しました。久米さんが、常に「自由な表現者」として駆け抜けた人生に「悔いはなかったと思います」と振り返っています。

日本のメディアを変革した偉大な足跡

TBS時代:洗練されたトークで「お茶の間の人気者」へ

久米宏さんのキャリアは、1967年にTBSに入社したことから始まりました。『土曜ワイド』などラジオで頭角を現した後、テレビでは『ぴったしカン・カン』や、黒柳徹子さんとともに司会を務めた『ザ・ベストテン』などで活躍。その洗練されたトークと卓越した進行術により、「お茶の間の人気者」としての地位を確立しました。

1979年にTBSを退社しフリーに転身。この後、報道の世界で新たな地平を切り開くことになります。

報道番組に「革命」をもたらした功績

久米さんのキャリアにおいて、特に大きな功績として挙げられるのが、テレビ朝日『ニュースステーション』のメインキャスター(1985年~2004年)としての活動です。

久米さんは、独自の視点とジャーナリスティックな感覚で、それまでの夜のニュース番組の常識を打ち破りました。この独自の報道スタイルは、日本の報道番組に「革命」をもたらしたと広く評価されています。

【比較】久米宏さんが司会を務めた主要番組と功績

番組名放送局主な役割特筆すべき功績と評価
ザ・ベストテンTBS司会歌謡曲とニューミュージックを融合。革新的な「追っかけ中継」などで話題性を獲得。卓越したトークとテンポ感でエンタメ番組の地位を確立。
ぴったしカン・カンTBS司会軽妙でユーモアのある進行により、バラエティ司会者としての地位を確立した。
ニュースステーションテレビ朝日メインキャスター約19年間担当。硬派なニュースにキャスターの視点や表現力を融合させ、日本の夜の報道番組のスタイルを確立した「革命児」。

著名人や視聴者からの哀悼の波

「本当の親友」黒柳徹子さんら共演者が追悼

久米さんの訃報を受け、長年共演した著名人から哀悼のメッセージが寄せられました。『ザ・ベストテン』でともに司会を務めた黒柳徹子さんは、久米さんを「本当の親友」と呼び、悲しみを表しています。

また、久米さんが報道、バラエティなど多岐にわたる分野で活躍したことから、幅広い分野の関係者がその功績を称え、別れを惜しんでいます。

世代を超えて影響を与えた存在

久米さんの逝去は、多くの視聴者に衝撃を与えました。久米さんの報道スタイルや、抜群の反射神経を持つ司会術は、後のメディア関係者に多大な影響を与え、視聴者の社会やニュースへの関心を高めるきっかけとなりました。多くの視聴者から哀悼の意が寄せられています。

まとめ:日本のメディアに残した計り知れない足跡

エンタメとジャーナリズムを両立した受賞歴

久米宏さんのキャリアは、エンターテイメントとジャーナリズムという異なる分野で、最高峰の評価を得た稀有なものでした。

その功績は、1979年のゴールデン・アロー賞放送賞、そして報道の現場で活躍していた1990年のギャラクシー賞個人賞受賞という、華やかな受賞歴によっても裏付けられています。

久米宏さんが約半世紀にわたり日本のメディアに残した足跡は計り知れず、その偉大な功績は今後も長く語り継がれるでしょう。

【久米宏さんの死因に関連する情報】

久米さんの死因となった肺がんについて、関連報道によると、主な症状としては、咳や痰などが挙げられますが、早期には無症状であることも少なくありません。肺がんは、喫煙習慣が最大の原因であると広く知られています。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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